Masuk「おっすしーおっすしー、おっすしっすしー♪」
「カナさん、そんなにお寿司が好きなんですね」 「ったぼうよ! こちとら何年江戸っ子やってると思うんでえ! 出身は埼玉だけどな! がっはっは!」 「は、はあ」マシラオニの角は、7本で八百文になった。大きさだとか一度の納品数とかで色を付けてくれるらしいが、詳しいことはよくわからなかった。というか深掘りして聞かなかった。私は早くお寿司が食べたかったのだ。
なお、コガネちゃんへの報酬は別口で支払われていた。荒事役と探索役では別会計になるらしい。「それで、コガネさんや、お寿司屋さんはどこにあるんだい? 回る寿司なんかダメだよぉ~。ばっちり稼いだんだから、ちゃんとしたお寿司屋さんじゃなきゃぁ~」
「回る寿司? 屋台ならそういえば、屋台でご飯なんて食べたことがないな。東京で暮らしていると屋台を見かけることなんかないし、漫画やアニメの中だけの存在だ。ちょっとドキドキしてしまう。
寄せ場から
「おすすめの屋台はあるの?」
「別に馴染みはないですね。というか、屋台のお寿司なんてどこで食べても一緒じゃないですか?」 「ちみちみぃ~、わかってないねぇ~。寿司屋の命は鮮度だよ? 売れ残りのネタなんて使ってたら最悪なんだ。他の店なら隠れた名店もある。でも、寿司屋だけは繁盛店が絶対的に完全的に圧倒的に大正義なんだよ。ネタの回転がいいから、いつも新鮮なものが食べられるんだ」 「は、はあ……」納得いかない様子のコガネちゃんを尻目に、私は両眼2.5の眼力を持って向こうに見えてきた寿司の屋台をサーチする。うーん、一軒目はダメだな。いかにも覇気がない。あっ、鼻糞ほじってやがる。最悪だ。おっ、次は蕎麦屋か。かつおだしの香りがたまらんのう……って、いかんいかん。今日のメインは寿司なのだ。私の口は完全にお寿司なのである。そんな誘惑には負けないぞう。
そんな感じで寿司屋台を物色していると、
「大将、コハダひとつ!」
「へい、八文だよ……」 もらったばかりの四文銭を2枚、ねじり鉢巻のお兄ちゃんに渡す。売れてる屋台の大将だって言うのに、どうも覇気がない。寿司屋の大将といえば
「カナさん、どうしたんです? お代を払ったのに食べないんですか?」
「へ?」握ってくれるのを待っていたら、コガネちゃんが何かを指さしている。それは青魚の切り身が張り付いた俵型のおにぎりのようなものだった。屋台には斜めの台が備わっていて、そこにはお稲荷さんを2つ3つ合体させたぐらいの握り寿司が並んでいたのだ。
「これってお持ち帰り用とかじゃないの?」
「別に持ち帰ってもいいですけど……器がないですよね?」 「なるほど。つまりこれをこのまま食べるのか」大将に怒られたらどうしようかなどとビクビクしつつ、コハダの特大握りをひとつ手に取る。コンビニのおにぎりよりもボリュームがある。しかし、寿司はひと口で食べるのが粋ってもんだ。なんとかかんとか口の中に詰め込む。
「むふー! むふー!」
まず最初に来るのは酢飯の酸味だ。現代の寿司みたいな甘さは少ない。「むごっ、むごっ」と咀嚼していると、やっとコハダの味がしてきた。脂の甘味がやべえ……。噛めば噛むほどじゅわっとしてくる。飲み込むのが惜しいのに、喉が飲み込むのをやめてくれない。
「ふひー、最高っ!」
「わあ、すごい食べっぷりですね!」コガネちゃんを見ると、手にした寿司が三分の一くらいだけ減っている。待てや、お寿司はひと口で食べるのが礼儀ってもんじゃないのかい?
「いい食いっぷりだねえ。お嬢ちゃんでそういうのは珍しいや」
「ばーろー! こちとら江戸っ子でい! 寿司はひと口でぽんぽん食ってなんぼだろうがい! お次はマグロをくんな!」 「へいへい、四文で。ヅケにしてはありやすが、お好みで醤油を塗っておくんな」なんと……コハダよりもマグロの方が安いのか!? 醤油はカウンターの端の壺に入っていた。刷毛がささっていて、それで塗るらしい。手に取ったマグロにしっかりと醤油を塗り、またひと口で頬張る。
「むほー! むほー!」
指一本分はあろう、分厚く切られたマグロの赤身と硬く炊かれた酢飯のマリアージュ。マグロと酢飯が口の中でバージンロードを練り歩く。ヅケにされたマグロはねっちりとしていて、濃厚な旨味を滲み出している。要するに、美味い。
「マグロ、おかわり!」
「へいへい、四文ですよ」 それから二つ、マグロを平らげる、いい感じだ。胃が温まってきた。そろそろ
「大将、トロをくんな! なぁに、金に糸目はつけねえぜ。脂のたっぷり載ったところを握ってくんな!」
そう、アイツとはトロである。なんなら大トロである。中トロなどという半端な事は言わない。脂がぎしーっと入った特上大トロなのである。お寿司の王様といえば断然これであろう。作り置きの寿司の中に、トロは見当たらない。きっと時価なやつで、注文されてから握るんだろう。
「ト、トロですかい? お客さん、本当にトロでいいんで?」
「おうよ、トトロもへったくれもあるかよ! 女に二言はねえ! 百文でも二百文でも文句は言わねえよ!」 「あ……いや、お代は要らねえんで、味の感想だけ教えてくんねえですか?」どういうわけだか、大将がやけに自信なさげだ。仕入れでもしくじったのだろうか。しかし、ぱっぱと手際よく握られた寿司は見事なもので、薄いピンク色の身が艷やかで美しい。醤油を塗るが、たっぷりの脂で弾かれてしまってろくに馴染まない。むふふ、トロとはこれよ。これこそ江戸前の本マグロの大トロよ……。
期待に胸を膨らませ、またひと口で頬張る。そして噛みしめるほどに芳醇な脂の甘みが……あま……み……かゆ……うま……。
「くっさ!?」
なんとかかんとか飲み込んだ私の第一声がこれである。超絶生臭い。何なんだよこれ、人間が食っていいもんじゃねえぞおいコラバカにしてんのかタココラ締め上げんぞこのボケカスが! 所詮
「はあ……やっぱりダメですか。旨味が強くて底力のあるネタだと思っちゃいるんですが、どうにもなんねえんですよ……」
肩を落として力なく呟く大将に、額をかち割ってやろうと振り上げかけた流木を止める。どうやら事情がありそうだ。それを聞くまでは執行猶予を与えてやろうじゃないか。
※江戸時代のお寿司:握り寿司の誕生は1800年代前半と言われ、その前までは押し寿司が主流。さらにその前はお米を発酵させるなれ寿司が主流だった。なれ寿司は現代でも続いており、滋賀名物の鮒寿司などが有名。筆者は食べたことがないが、相当に独特な《・・・》香りがするらしい。握りはネタごとに値段が異なり、基本的に四文、八文、十二文……と四文刻みで値付けされていたようだ。ここでも暗躍する四文銭。ちなみに一番高いネタは二十四文で、卵巻き(卵焼きではない)。厚めの薄焼き卵に酢飯を巻き込んだ巻き寿司だ。現代では最安のネタとして定番の卵だが、江戸時代では最高級のネタだった模様。反面、現代では最高級のネタである大トロは……まあ、この辺の話は有名なのであえて語るまでもあるまい。それに、あまり注釈を書き過ぎると本編で書くネタがなくなるのである。
【稲荷家コガネの日記帳より】■嘉永3年。1月1日 今年も無事にお正月を迎えられました。江戸へ来てからははじめてのお正月です。初日の出を拝んで若水を飲んでから寝ようとしたら、カナさんから「初詣に行こうよ」と誘われました。 そういえば、最近は二日にお参りに行く習慣が江戸の街で流行っているらしいです。カナさんがやってきた未来の江戸(本当は東京って名前になっているってこっそり教えてくれました)では、1月1日にお参りに行くのが普通になっているんだそうです。 元日にお出かけなんてしても面白いことは何もないですし、神様だって元日ぐらいはゆっくりされていると思うのですが、未来の風習と言うからにはきっと何か理由があるんでしょう。 付き合って初詣に行ってみたのですが、肝心のカナさんは「屋台のひとつもない!? というか人っ子一人いない!? 一体どうなってんの!?」と文句を言っていました。 うーん、元日から働く人なんていないと思うのですが、未来の日ノ本は1年中休みなしだったのでしょうか? そう考えると、カナさんがやたらとあれこれやりたがるのもわかる気がしました。■1月2日 眠りから目覚めたように、早朝から江戸の街が活気づいています。最近はすっかり慣れっこになっていましたが、この騒々しさが江戸の街の色なんですね。私も修行をがんばらなくちゃって気持ちになります。 行商から買った小鰭のお寿司を食べながら、カナさんと一緒に街を歩いていると遠くから賑やかな演奏が聞こえてきました。豊作を願う鳥追の人たちですね。実家の方では子どもたちが主役でしたが、江戸では大人の女太夫が数人連れでやっているようです。三味線や胡弓を弾きながら歌っています。♪あの鳥ャどっから追ってきた♪信濃の国から追ってきた♪何もって追ってきた♪柴抜いて追ってきた♪一番鳥も二番鳥も♪飛び立ちやがれホーイホーイ♪ホンヤラホンヤラホーイホーイ 思わず楽しくなって体を揺らしていると、カナさんが「正月から辛気臭え!」なんてことを言いながら三味線を奪い取り、すごく騒々しい曲をかき鳴らし始めました。 商店の店先にある空樽を叩いたり、異国の言葉で歌い出したりとやりたい放題です。しかし、これもまたなんだか楽しくなって、体が自然と揺れてしまいます。気がつけば、大勢の人たちで囲まれ
尖った岩山が海を引き裂き、その下にあるものが明らかになった。 爛々と赤く燃え上がる巨大な双眸。自動車も丸呑みに出来そうな巨大な口腔。海上に出ただけでも100メートルはゆうに超える巨大な上半身。輪郭は直立するワニのよう。最初に見えた岩山は、この怪物の背ビレだったのだ。「なにッ!? あれはまさしくゴメラではないのかッ!? まさか二百年も早く現れるとは、この象山の慧眼をもってしても見通せなかったぞッ!!」「あれがゴメラ……! わたくしは船に戻って砲撃の準備をしマスわ!」 象山とペルリが色めき立っている。辺りにいた幕府の軍隊も、ペルリが連れてきた水兵も大騒ぎだ。私は私で「マジかよ!?」という顔になっていることだろう。瓢箪からコマどころではない。瓢箪から大怪獣が現れてしまった。どうしたらええねん、これ? ――豪雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!! ゴメラの口から青紫の光線が吐き出される。それはさながら天を貫く巨大な柱。雲が割れ、空気が焼け、辺り一帯にオゾン臭が漂う。やべーよ、熱線吹いたよ。ガチモンの大怪獣だよ。「わぁぁぁあああ!? にっ、逃げろ!」「あ、あんなの勝てるわけがない!」「ぶ、武士の戦場はケダモノと戦うことではないでござる」「馬鹿者どもッ! 早く持ち場につかぬかッ! この象山が発明した超電磁エレキテルキャノンの力があれば必ず勝てるッ!」「あなたたちも勝手に逃げては駄目デスの! ステイツの威光をあのモンスターに見せてやりマスの!」 象山とペルリは悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たちを叱咤するが、誰も話を聞いていない。まあそりゃそうだろう。あんな大怪獣に生身で挑める人間などいるはずもないのだ。 私にしても、いつまでも固まっている場合じゃない。少しでも早く逃げ出さなければ。象山とペルリにはせいぜいがんばってほしい。なんとか粘って私が逃げる時間を稼いでほしいものだ。しかし、避難に使えそうな船はみんな逃げ出した兵士や人足で押し合いへし合いになっている。くそっ、いっそ海飛び込むか……。 そんな覚悟を決めた、そのときだった。『ちょろちょろやかましいんじゃ、ゴラァッ!!』「へ?」 どすの利いた声が待機を震わせた。その場にいた全員の動きが止まる。そしてゴメラがざっばーんざっばーんと大波を立てながら歩いてくる。『何いたずらし腐ってんのや、
江戸湾の沖で、埋立工事が始まった。 土砂を満載した船がひっきりなしに行き来し、もっこを担いだ男たちが威勢のよい掛け声を上げている。「よしッ! 設置場所はここでよかろう。どうかな、大場君ッ!!」「はい、とても埋まってますね」「フハハハハ! そうだろう、そうだろうッ!」 そして最初に出来上がった埋立地に連れて来られたのが私である。この象山とかいう先生は、遠い未来に海から襲い来るであろう大怪獣に備え、江戸湾に砲台を作り上げてしまったのだ。そういえば、お台場ってもともと黒船に備えた砲台の跡地だったっけ……と曖昧な記憶をたどる。 この世界ではアメリカと平和的に開国にいたり、友好的な関係を構築できている。なんならポケニンの影響で日本は超人的な能力を持つサムライとニンジャの国として恐れられてすらいるらしい。巨費を投じてこんな砲台を作るのなんてはっきり言って税金の無駄遣いなのだが……。 ま、私の財布が痛むわけじゃなし、別にいっか。穴を掘って埋めるだけでも景気対策になるのだと、どっかの経済学の先生も言っていた気がする。「では、これより試射実験を開始するッ! よく見ていてくれたまえッ!」「はい、よく見ていてくれたまえます」 そんなことよりも問題は、目の前にある巨砲である。二本の鉄柱が突き出しており、バチバチと青白い電流をまとっている。「ではゆくぞッ! 象山式超電磁エレキテルキャノン、発射ッ!!」 バシュンッと空気が切り裂かれる音。ソニックブームで弾道にコーン状の白い雲がいくつも出来ていく。水平線が爆発し、高さ数十メートルにも及ぶ水柱が立ち上がる。遅れて爆風がここまで届いて髪をバサバサと揺らした。「どうかねッ、大場君ッ! この象山砲の威力はゴメラにも通じると思うかねッ!」「はい、効果はバツグンだと思います」「フハハハハ! そうだろう、そうだろうッ! この象山がいる限り、神州日本の平和は誰にも脅かさせんよッ!!」 私の作り話を真に受けた象山は、とんでもない超兵器を作り出してしまった。彼の説明によるとエレキテルの力を使って砲弾を加速し、火薬式の大砲ではありえない初速と威力を実現しているとのことなのだが……それってレールガンだよね? 現代でも実験段階だった兵器だ。なんでそんなものを開発できるんだよ。頭がおかしいのか? いや、おかしいんだろうな。「いまは大き
「時は西暦20XX年! 二百年後の日ノ本の国、ネオ江戸シティは恐怖のどん底に叩き落されていた……!」 ベンベンっと扇子で机を叩くと、庭先までびっしりとすし詰めになった聴衆がごくりと息を呑む。「江戸湾から現れ出たのは頭の高さは五百尺を超える大怪獣! ぎょろりと真っ赤に燃える目に岩山の如き荒々しい肌。どしんどしんと歩くたび、家屋が潰され大地が揺れる! その全貌はさながら直立する巨大な鰐! 火を吹きながら歩く様子は浅間山が生命を得て動いたが如くっ! その名も大怪獣<ゴメラ>! 未曾有の危機に、ネオ江戸っ子たちはなすすべもなく逃げ惑う!!」 ベンベンっ。「地球防衛火消し『バイオロジーサイバネティックめ組』は秘密兵器を駆使してこの大怪獣に立ち向かうっ! まず出動したるは超電磁エレキテル重戦車っ! にゅっと突き出た砲口からまばゆい雷光が発せられ天をも焦がすっ! さしものゴメラもこれには……しかしっ! 白い雷光の向こうからぬうっと垣間見えるは不敵なる魔獣の凶相! 人類の脆弱さを嘲笑うが如く乱杭歯がびっしり生えた凶悪な口を開けると、紅蓮の炎が吹き出し超電磁エレキテル戦車を吹き飛ばすっ! 名状しがたい熱波が広がり、エターナル永代橋からジャパナイズ日本橋まで、ネオ江戸シティが一瞬で灰燼と化すっ!」 ベベンベンベベンっ。「もはやネオ江戸シティの……否、人類の命運もこれまでか……ネオ江戸っ子たちが絶望のどん底に落とされたそのときだった……。アイツが、そう、アイツが来てくれたのだ。さあ、皆様もご一緒に!」「「「「ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショウグーン!!!!」」」」 よしっ、聴衆の声が見事に揃った。みんな呼吸がわかってきたな。「そう! やってきたのは我らがウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグン! 鮮やかなる金糸のマントを閃かせ! 真っ白な天馬にまたがって! 大空を駆けてやってきた! ゴメラの目の前にシュタッと着地すると、即座に巨大化! 五百尺まで膨れ上がり、憎っくきゴメラの顔面に右拳、左拳、右拳、左拳、右拳、左拳……拳の嵐を叩き込む!! ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグンの七十七の必殺技のひとつ、<ウルトラスーパーミラクル暴れん坊フィストストーム>が炸裂したあっ!!」 聴衆が「わあっ」と盛り上がる。やっぱりヒーローの登場シーンはど派手に
「おのれ大場カナコぉぉぉおおお゛! ぶち殺すっ!」「うわー、怖い。狂犬病の犬みたいですね。お奉行様、怖いので帰っていいですか?」「待て、まだ何も話しておらぬではないか。鳥立、お主も静かにいたせ」 今日も今日とて元気にマシラオニ退治……と思っていたら、町奉行所から呼び出しを食らってしまった。なんでも流与の件で聞きたいことがあるそうなのだ。断るわけにもいかずやってきたら、お白洲で荒縄に縛られた流与とご対面している訳だった。 お白洲は白い砂利が敷き詰められていて、座布団代わりに薄い茣蓙が敷かれているだけだ。ここに正座をしていると結構痛いし冷たい。もう少し人権に配慮して欲しいものだ。まあ、ここには何度も来てるから、もはや慣れつつあるわけだが。「この贋金……いや、贋札と呼ぶべきか? どうやって作ったものかわかるか?」「わかんないっすねー」 座敷に座ってこちらを見下ろしているのは町奉行だ。1万円札をこちらに見せてくるが、作り方なんて私も知らない。というか、国家のトップシークレットなのだから知るわけがないのだ。「版画職人に見せたところ、これはとてつもない技術で作られているそうだ。複数を比べても寸分たわず瓜二つ。ただ南蛮文字だけが少しだけ違う。十年かかりきりになっても作れないと申しておる」「それは大したものですねえ」 南蛮文字というのはお札の通し番号のことを言っているのだろう。お札なんて普段まじまじと観察する機会はないが、めちゃめちゃ細かい意匠が正確に刷られていることぐらいは当然知っている。極めて稀にエラー印刷されたものが流通し、そういうものはプレミアが付いて高額で取引されているほどだ。「そこまでの技術があるなら、すでにある藩札を真似ることも容易だったはず。なぜ、わざわざ存在しない贋札を作ったのだと思う?」「わかんないっすねー」 そもそも、流与は贋札など作っていない。令和日本ならばきちんと通じる真正の一万円札である。いくら悪名高い皇國金融とはいえ、贋札作りにまでは手を出してないだろう。贋札は通貨の信用を毀損し、経済を破壊する爆弾だ。それは現代でも江戸時代でも変わらず重罪なのである。「そこで、そこな女を詮議したところ。奇妙な話を聞いた」「私たちは二百年先の未来から来たのよ! 大場カナコ、貴様もそうだ! どうせ未来
「見つけたぞ! 大場カナコぉぉぉおおお!! げほっ、ごほっごほっ」 今日も今日とて寄せ場で仕事を探していると、ずぶ濡れの女が現れた。黒縁の眼鏡に黒いパンツスーツ。生まれたての子鹿のように全身をぶるぶる震わせている。あっ、唇が紫色だ。真冬だというのに御苦労なことだ。「毎度毎度マシラオニ退治ばっかりじゃ飽きちゃうよねえ。何か変わった依頼はないもんかねえ」「あのう、カナさん? 何か呼ばれてるみたいですけど……」「しっ! 目を合わせちゃいけません! きっとアブナイ人だよ」「大場カナコぉぉぉおおお!!」 無視しようと思ったら、目を血走らせながら走り寄ってきた。まったくもうめんどくさいなあ。取立屋の中でもこいつが一番しつこかったんだよな。「ふふふ、上手く逃げおおせたと思ったら思い違いもいいところだ。皇國金融債権回収部隊長、鳥立流与様からは決して逃れられん! げほっ、ごほっ」「オウ? ユーは誰デスカー? 私はビッグプレイス・カナと申しマース。ルヨさん、ハジメましてデースネー」「えっ、あれ? いやお前大場カナコだよな?」「カナコ? ノー、ミーはカナですネー。ナイストゥミーチュー」「な、ナイストゥミーチュー……?」 私は外人のふりをし、ルヨの手をがっちり握ってシェイクハンドした。こちとら仕事探しの真っ最中なんだ。こんなやつに関わっている暇などない。「って、そんなので誤魔化されるかボケぇぇぇえええ!」「あ、バレたか」「バレるに決まってんだろ! 皇國金融を舐めるなッッ! 貴様の債権74兆3,031億円! 耳を揃えてきっちり支払ってもらうぞ!! げほっ、ごほっ」「ほーん」 まさか時空を超えて取り立てに来るとは、まったく仕事熱心なことである。まあ、意外と言えば意外ではあるのだが、こういう事態が生じることは想定の範囲内だ。何しろ私がこの世界に流されて来たのだから、他の誰かがやってきてもおかしくはない。「あの……どこのどなたか存じ上げませんが、まずは体を拭いた方が……」 ぶるぶる震えるルヨを見かねたのか、コガネちゃんが手ぬぐいを差し出した。「むっ、これはすまん。見知らぬコスプレイヤーの人」「こす……?」 ルヨは手ぬぐいを受け取ると、髪をがしがしと拭き始めた。ふふふ、この反応から察するに、案の定こいつもまだ異世界に来たことを認識してないな。